結婚を両親に報告する

私が結婚するとき、両親は特に賛成も反対もしなかった。私達自身縁が薄く、互いに対する情があまり無い為、私の結婚も他人事の様であった。両親が少し変わり者なのもある。

一応結婚の挨拶は、夫の強い希望でもあった為、私は何とかこれを実現させたいと考えていた。夫からは「どうして私と結婚したかったかを、ご両親の前で話したいけど、内容は秘密」と言われていたので、内容がどうしても知りたかった。夫は履歴書と源泉徴収票も持っていくといったが、これはやんわり持っていかない様に話した。

「別に結婚の挨拶なんて必要ないわよ。私達は賛成してるって言ってるじゃない」という母を説得するのは大変だった。「どうしてもっていうんなら、玄関でお菓子でも頂いてご挨拶だけでもいいじゃない」とまで言う始末であった。
だがここは私にとっても人生の一大事、強く主張を通さねばならぬと、「大切な事なんだからきちんとやって。彼にもきちんと茶を出して、お母さんも綺麗な格好で頼むからねっ!!」っと言った。
日程は私は結婚前を主張したが、先方の予定は入籍後しか空いていないとの事で、これは仕方なく妥協するしかなかった。

当日夫はスーツを着て緊張した面持ちで、私の実家に向かった。(しかし私の両親あてに持参した土産が、とらやの紅白まんじゅうだったのは、どうかと思った)
家に着くと母はきちんとした格好をして、お客様用の湯のみで、お茶と高級そうな和菓子を用意してくれていた。茶には桜の花弁が浮いている。それだけで少しほっとした。

しかしっ!ここからがカオスであった。母はいつも通り(?)相手の話を聞こうともせず、開口一番に「あたくしぃ~こう見えても~、柔道黒帯でしてぇ~」と自慢話が始まった。やばいな、と思ったが時すでに遅し、テーブル上に賞状やトロフィーを並べ始め、一つ一つ説明が始まった。事前に変わった人だと伝えていたが、夫は「はぁ...はぁ...」と相槌を打っていて非常に気の毒である。話しながらも母は時計をチラチラ見ていた始末である。父は特に何も言わず、ただ始終ニコニコとしている。

一通り自慢が終わると私は、「彼のお父さんも二人に会いたがっているから...」と話し始めたが、母は「ホホホ」と笑ったのみであった...そして時計を見て「それじゃ、わたくしたち、これ以上話すこと、なんにも無いので」と、意味不明な結婚の挨拶は終わりを告げた。

帰り道心なしか、疲れて見えた夫だったが、義父が挨拶の行方を気にしていたので、報告の電話を入れていた。義父は私とも話したいといったらしく、電話を代わったが、涙声で「せがれの申し出に承諾してくださって、本当にありがとうございます。こんな聡明な方がと感謝しかありません」と言った。何となく義父に申し訳ない気持ちになった。意味不明な結婚挨拶だったことを知らぬが仏であるが、顔合わせが無い事を義父は未だに何も言わない。優しいを形にしたような人である。
夫には「挨拶の席で話す予定だった、私と結婚したい理由って何だったの」と無粋にも聞いてしまった。「いや、いいよ…」と言われ、それ以上は聞く事が出来なかった。結婚して12年たった今でも、この件は謎のままである。

何となく疲弊して外食をして帰宅後、家に帰ると母からのメールが届いていた。
「お疲れ様。言われた通りに着飾ったけど、今日の私どうでしたか」の一文であった。
「完璧でした。ありがとうございました」とだけ送ると返信は無かった。
いったいどういう一日だったのだろうと、振り返った夜であった。